GONGJU CITY

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公山城

  • 所在地忠清南道公州市錦城洞65-3(熊津路280)
  • 観覧時間09:00~18:00(元旦及び秋夕定休日)

紹介

公山城(史跡第12号)は百済時代を代表する城郭で、熊津百済(475~538)を守った王城である。錦江が流れる海抜110mの稜線と渓谷に沿って、山の頂上と谷を囲むように土で築かれた鉢巻形の包谷式山城である。百済時代には「熊津城」、高麗時代には「公州山城」、高麗時代以降は「公山城」、朝鮮王朝の王である仁祖が李适の乱(1624年)を逃れてここ公山城に避難していた際は「双樹山城」と呼ばれた。朝鮮宣祖と仁祖時代に現在のような石城に改築され、持続的に利用されてきた公山城からは、其々の時代の歴史が感じられる。
 百済人が山上に王宮を建てた理由は何であろうか。城壁は外部から侵入できないように雉城(外側に突出する形で造られた城壁)が築かれ、南北には2つの門楼と敵の目を逃れる暗門といわれる出入り口が造られている。公山城の隣にある「玉女峰城(忠清南道記念物第99号)」は鉢巻形の土城で公山城の補助的役割をした。
 ※tip:百済文化祭の開催期間中は、公山城前から錦江新官公園まで浮橋を渡ることができる。錦西楼では「熊津城守門兵勤務交代式」を通して百済王国の荘厳さを見ることができ、錦江新官公園では美しい公山城の夜景が観賞できる。